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it's*mylife ―がんばれ、わたし―

自分らしく生きたいと願う

振り出しに戻る

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突発休再び。
午前休んだけど、また午後行こうとしたら涙が止まらなくて午後も追加。




最悪だ。




わたしは夢を昔からよく見る。
最近、眠りが浅く感じられていた。
でも、先週末から、不快な夢を見ては起き、
また寝ると不快な夢を見ることを繰り返すようになった。
週末は、たくさん寝たのにほとんどが不快な夢を見た。

そのせいで、睡眠不足ではあった。
カモミールティーとか、豆乳とか、
カフェイン控えるとか、やれそうなことはやっているのに、
起きるわ嫌な夢見るわで。

今朝は結局睡眠不足にも負けたと思う。

抗不安薬飲んで、午前中はずっと寝ていた。

そして、準備をして出ようとしても、体が動かない。
心が行きたくないと叫ぶ。

抗不安薬は、朝一回の処方だ。

結局、また泣き出して、ひどい顔になり、
休まざるを得ない時間になり、休むと連絡したのだ。

休みの電話の最中にも、泣きたくなる。

今まで、仕事を初めてから、
体の体調不良では休んだけれど、
こんなにつらい休みの申請はなかった。

電話を切ったあとに、号泣した。

どうしちゃったんだろう。
これから、どうしたらいいんだろう。

優しさと不甲斐なさと

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例の案件は、もはやわたしでは手に負えなくなり、
上司が引き取ることになった。

周りは、わたしの力不足ではなく、
案件の性質が変わってしまったから、
上が対応すべき案件になっただけのことだと、
言ってくれた。

けれど、やっぱり自分は、
自分の初期対応がよくなかったのではないか、
力不足や、信頼を得ることができなかったのではないかなど、
申し訳ない気持ちがいっぱいだった。

上司が引き取ると言っても、内部の確認や調整で、
わたしもこの案件にほとんどつきっきりだった。

勤務時間終了後、
確認事項をまとめてメールを打っていたら、
申し訳ない気持ちが押し寄せて、
涙ぐんでしまった。
誰も気づいてないと思うけど。

そのあと、引き取ってくれた上の人たちのうちの一人から、
同僚の先輩がわたしのメンタルを心配していたと聞かされた。
大丈夫だよね?って聞かれたけど、その人には本当のことは言いたくなかったから、どうでしょうね?明日にはいないかもしれませんよ?と言っておいた。

同僚の先輩が心配していたというのは、とても嬉しかった。
休み多いなって思ってるかな、って勝手に気にしていたから。

その先輩には、たくさんお世話になったから、
迷惑はかけたくないんだよね…

そのあと、別の担当の人から他愛もない話を話しかけられて、少し癒された。
面倒な案件大変ですね、とも気遣ってもらった。

優しくされると、不甲斐なさを強く感じてしまう。
帰り道、暗い夜道を泣きながら帰ったよ。

少しだけの休み

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朝、どうしても無理で、
少しだけ休みを取った。

眠くて眠くて仕方がなく、そのままたくさん寝た。

昨日、また出張で遅くまで出ていた。
その案件のストレスは、ひどいものだった。

それでも、今日は行けた。

無理せず、休みも使っていこうと思った。

迷い

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心療内科2回目の翌日、
例の面倒な案件のことで対応で出張した。
クレームをつけられ、結局20時まで対応していた。

クレームとは言っても、自分たちに非はないのだ。

でも、それを聞くのも仕事のうちなのだ。

こんなに時間がかかるとは思わず、戻る予定にしていたので、
21時過ぎに職場に戻る。

忘れないうちに報告書をまとめ、帰って22時半すぎ。

旦那は、ご飯を作っていてくれたけど、
適応障害と診断されたのに、職場に言わないわたしに業を煮やしていた。

毎日毎日行きたくないと言い、お弁当も作らず、
仕事が嫌だと言うわりには、
診断が下ったのに全く動かず、何がしたいの?と。

結局、プライドが高くて、仕事できないって言えないだけじゃないかと。

それなのに愚痴や暗い顔される自分の身にもなってくれよと。

そんなんじゃこっちが病気になるよと。



確かにそうなのだ。


でも、言えないのには別な理由もあった。
今の仕事から別の仕事になったとき、果たして別の仕事をわたしはできるのだろうか?と。
部署の異動はこの時期だからもう無理だと思うから、仕事内容だけでもと思ったが、他の仕事と言っても残り二種類しかないのだ。
どちらも初めての業務。一人でやることも変わらない。

それならば、なんとか一年やってきた今の仕事をのらりくらりとやるのがいいのではないか?
新しく業務を覚えることが、今のストレス耐性ゼロのわたしに耐えられるのだろうか?

そういう不安があったのだ。

だから、下手に「今の仕事を変えてくれ」と言えなかったのだ。

その不安は、初診のときにはなかった。
改めて考えたときに、今のわたしに新しいことを1からがんばる力が残っているだろうか?と急に不安になったのだ。

旦那にもそう説明したけど、わかってはもらえず…

好きにして、と言われてしまった。

でも、炒飯を作ってくれた。

確かに、このままのわたしでいることは彼にも申し訳ないのだ。
どうしたらいいのか?

答えが出ない…

八方塞がり

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2回目の診察。

行くのが怖かった。

何故なら、上司に相談できていなかったからだ。

2日前に、仕事で面倒な案件が舞い込み、
まだ解決の目処も立っていなかった。

そんなときに、自分が心療内科に通っているから配慮してくれと言い出せるほど、わたしは強くなかった。
むしろ、言い出せるくらいなら、こんなに悩むほどになっていないと思った。

幸い、抗不安薬のおかげか、職場で泣くこともなく、
突発休をすることもなく、仕事には行けていた。

ただ、ぎりぎりまで布団にくるまり、
毎日行きたくない行きたくないと、戦ってはいた。
それに、好きだったメイクも全くしなくなった。
(泣きすぎでか、瞼がアレルギーのようにはれてしまったことも理由ではある)

今日の診察は、休みを取らずに行ける時間の予約だったので、遅い時間だった。
そうしたところ、待合室は椅子が埋まるほどの人…

なんだか顔を見られたくなくて、座りながら俯いてスマホばかり見ていた。

でも、前を通る人の足元を見ていたら、
スーツ姿の男性が多くて、驚いた。

診察では、日曜の夜が不安定になりやすいこと、
朝が辛いこと、上司に相談できてないことを伝えた。

原因から離れないと、ってことはわかるんだけど。
今このタイミングでは言えないということ。

医師からは、薬は合っているようなので、しばらく続けてみましょう。
できれば上司と話をしてくださいね、と言われた。

初めての心療内科

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次の日は、なんとか仕事に行った。

でも、メッキはすぐに剥がれてしまった。

先週、同じ仕事を協力して進める立場の他部署の人たちと調整していて、
非常に緊急度も重要度も高い案件だったのに、
そんなの無理でしょ?というような対応をされたと感じ、
自分の非力さと同じ目標に向かってくれない相手方に対して、
非常に悔しさを覚えて、トイレで泣いた。

その翌日、改めての調整のお願いをメールしたのだが、
一向に返事がなく、別件で内線が来たのでそれとなく聞いてみたときのことだ。

相手の人は、その部署の中でもどちらかというとこちらの立ち位置や主張もわかっている人だった。

わたしが泣きそうだったことも、翌日直接ではなくあえてメールにしたことも、
なんとなく理解していたんだろう。

電話で小さな声で、「電話だと説明しづらいんだけど…こっちに来れる?…無理かな」と言われた。

わたしは、普段なら伺います~と返事をするのに、
そのときは固まってしまった。

その人は、やっぱりいろいろ察知していたようで、
こちらの部署に来てくれて、説明してくれた。
無理だと言った理由を、だ。
いろいろな理由がきちんとあっての無理だったのだ。
無知なわたしには、理解できなかっただけ。
詳しい人には至極当然なことだったんだろうけれど。

なんだか本当に自分の無知や無力を感じて、
その人に感謝すると共に、不甲斐なさで耐えきれなくなった。

トイレでまた泣いてしまった。

まだ午前10時くらいの話。

席に戻っても、鼻水は止まらないし、
思い出したり他の案件しようとすると、涙が滲む。
マスクとメガネだったから、目立ちはしなかっただろうけど、
明らかに鼻をかむ回数と目の充血は異常だっただろう。

ちょうど旦那がその日休みだったので、
泣きながらトイレでメールをしたら、
もう心療内科行こう。予約するから、午後休みなさい。と言ってくれた。

昼休み後、上司に病院に行きたいから休みたいと伝えて、休みを取った。

当日予約がとれる心療内科も珍しいだろうに、
旦那は近所の心療内科を予約してくれて、
一緒に付き添ってくれた。

心療内科なんて行くのは初めてだ。

今まで嫌な医者にあたる確率の高かったわたし。
そんなの甘えだとか、気分的なものだから、
医者に来るようなことじゃないと言われないかと怖かった。

待合室では、問診票を書いた。
鬱度を測るようなチェックシートもあった。
正直、「常に」「ほとんど」「ときどき」とかだと、
尺度が曖昧だな~と思ってしまい、正しくチェックできたか不安だった。

診察室は、待合室と直結していなくて、
声が聞こえなくていいなと思った。
たまに、他の科だと前の人の診察内容が聞こえることがあるけど(笑)

医師はそこまで年配でない、男性だった。
落ち着いたトーンで話をして、今の状況、職場のこと、家族のこと、学生時代のことなどを聞かれた。

診断名は適応障害だった。

4月に昇進し、異動もし、責任ある立場でありながら、経験のない業務をやるなかで、
がんばって適応しようとしてきたけれども、
限界に来てしまったために不調が出てきているというようなことを話してくれた。

抗不安薬を処方してもらうと共に、
できれば上司に相談して仕事を変えるなり軽減するなりしてもらうのがよいと言われた。

わたしは、そのときは上司に相談すると答えた。
仕事の分担を4月からでも、変えてもらいたいと思ったからだ。

あとで、話を報告した旦那からも同じ事を言われた。

わたしは5月末くらいから、仕事仕事仕事と言い続け、
帰りも遅く土日も行くこともあった。
そして、仕事嫌だと毎日つぶやき、ストレスで肌も荒れ、
男性ホルモン活性化!みたいな状況になっていた。

9月頃から、やっと仕事がストレスになっていると気付き、
なるべく根詰めないように、がんばりすぎないように、
リラックスしたり仕事のことを頭から消すように努力してきた。

それでも、結局こうなってしまったのだ。

どれだけストレスを溜め込み続けたのかと、改めて考えた。

涙の1日目

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今日、仕事を休んだ。
突発休だ。
最初は、午前だけ休んで行くつもりが、
午後も休んでしまった。

理由は簡単だけど複雑なもの。
仕事に行きたくない。
仕事がつらい。
仕事が怖い。
仕事から逃げたい。

朝、目覚ましで起きたものの、
布団から出られなかった。
旦那から「行かないの?」と聞かれ、
「行く」と言って布団から出て、
着替えとメイクをした。

それでも、頭の中から仕事に行きたくないという気持ちが消えず、
そんな様子を察知した旦那から、
急ぎの仕事がなければ、
半日休ませてもらったらと、
背中を押されて、休むことにした。

気持ちを落ち着かせるために、とにかく寝た。
寝ているときも仕事に行く夢を何度も見た。
遅刻しそうな夢を何度も見た。

何とか起きて、仕事に向かうため、パンを食べたが、
急に涙が溢れてきた。
行きたくない、行きたくない…そんな気持ちが止まらなかった。

目も腫れ、頭も痛くなり、今日は午後も休ませてもらうことにした。

旦那からは、心療内科に行くか?と言われた。


わたしはストレス耐性が本当に弱い。
趣味がなく、友達も少なく、日常は仕事と家の往復しかない。
ストレスを発散できない。

そして、幼い頃から優等生を売りに生きてきたので、
失敗が怖いし、本心の「~したい」ではなく、
周りが求めるであろう「~すべき」を選択してきた。
だから、自分の軸がない。
いつも他人軸なので、周りの目が気になる。
周りが求める自分を勝手に考えて、演じてきた。

だから、仕事と私生活での振り幅がすごいある。
あと、親に見せる顔も、演じてきた。

いつの頃からか、仕事における私という存在が、
本当の自分を遥かに越えて、大きくなりすぎた。

そんなわたしは、今年昇進した。
昇進に伴って異動となり、全く今までしたことのない業務の指導、相談、調整役となった。
全く今までしたことのない業務である。
そして、その業務は一人きり。
今までは、15ほど年上の役職も上の人が担っていた業務だ。

わからないながらも、がむしゃらにがんばってきたつもりだった。

でも、だめだった。

休むと言っても、泣き続けた。
何がどうして悲しいのかもわからなかった。

悲しいというより、辛い。

このブログに思いを書きながら、途中で寝た。
気がついたら、勤務時間は終わっていて、夜になっていた。

何が辛いのか、自分でもわからなかったから、
ノートに書き出すことにした。
書き始めたら、また、涙が止まらなくなった。

とにかく、自分には今の仕事はできないのだと、絶望のような気持ちだった。

でも、仕事を辞めるのは嫌だった。
業務さえ変われば、という思いがあった。

旦那が帰ってきてから、旦那は話を聞いてくれた。

泣き続けたけど、話を聞いてくれた。

明日も行けなかったら休めと言ってくれた。

目を腫らしながら、24時に寝た。